キャンバスの向こう側の 微笑みが
どんなに優しくても、
決して口付けてはならない
水銀の毒に侵されてしまうから
どれほどの自由を
額縁の向こうに求めても、
描き出されるのは
歪んだ現実の贋作ばかりだ。
愛だとか、文脈の有無が
芸術とその他に一線を敷くのだと
本来、ありもしない
輪郭が描き足されてゆく―、
拭えど ぬぐえど
白紙にはもう、戻れないようで―、
嗚呼、患ったままの
破瓜の痼が取り出せないんだ
ああああ
描き切れども、
描き切れども、
それはとうに廃れきった
手垢まみれの施術の模倣
孤独を慰む 荒療治
掻き切れども、
掻き切れども、
それでも取り除くべき
病の巣にたどり着けず
ただ、ありふれた
糞袋こそ己と知るだけ。
キャンバスと
向き合うその姿を
どんなに憐れんでも―
その手を差し伸べてはならないよ。
「近頃、物騒ですから」
きっと、どれほど焦がれた
海の向こうの色も
この世のモノではないサイハテを
ゆらめく蜃気楼。
意志だとか、社会参加の有無が
何者かとその他に一線を敷くのだと
本来―有りもしない
朱筆が横切る眼前
拭えど、ぬぐえど、
あの日にはもう帰れないようだ。
嗚呼、患ったままの
破瓜の痼が泣き止まないんだ
掻き切れども、
掻き切れども、
そして
時は訪れる―
崩れ去った
壁のむこうへ、ららら―
描き切れども、
描き切れども、
それはとうに廃れ切った
路を外れた無頼の徒労
孤独を憐れむ執刀医
描き切れども、
描き切れども、
敷かれたレールは途切れ
置き去られた足跡と往く
ふたたび娑婆で
あの日見た景色を
確かめるため―